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山村浩二さんのメッセージ
By and With NFB ? 30年の夢の実現 ?

山村浩二、アニメーション作家

 私がNFBの存在を知ったのは、ちょうど30年前、私が15歳の時だった。漫画やアニメーションを自己流で制作していた高校生が、美術部で絵画やイラストレーションにも興味持ち始めた時、美術部の顧問の先生が、学校の視聴覚室で16ミリによるプライベート上映会を開いてくれた。その時出会ったのが、ノーマン・マクラレンの『隣人』やジャック・ドゥルーアンの『心象風景』で、それまでの自分のアニメーションの概念を揺さぶった。人間のコマ撮りやピンスクリーン(当時は木炭デッサイを動かしていると思っていた。)など、漫画イコールのアニメーションではない、映像としての可能性を広げる表現としてのアニメーションに魅了された。

 その後大学時代に広島国際アニメーション映画祭で出会った、やはりNFBの作家イシュ・パテルが、アニメーションの「作家性」に気付かせてくれた。数本の回顧上映が、それぞれ技法やテーマは違っていても、精神性、表現力、イメージの造形力など、ひとつの美意識に貫かれていた。この出会いをきっかけに物作りへの考えた方、創作への意識が大きく飛躍したのを覚えている。

 翌年「ぴあ」の招きで、東京でそのパテルによる1日ワークショップがあり、実際に撮影に使われた素材を見ることができて、とても刺激を受けた。日本のインディーズとNFBの特集上映会もあり、僕がパテルの影響で作った8ミリフィル『博物誌』が上映されるので、関係者が気を利かせてくれて、監督の隣の席で観賞することになり、直接アドベイスの言葉をもらった。そしてこの頃からいつの日かNFBで制作できることを夢見ていたと思う。

 その後、『砂の城』のコ・ホードマン監督の来日に協力をしたり、モントリオールとウィニペグのNFBに訪問して講演をしたりと、NFBとの関係は少しずつ続いた。

 そして今、来年の完成に向けてNFBとの共同制作での、短編アニメーションの制作が始まった。自分にとってNFBは、映画で言えばハリウッド、アニメーションの聖地で、いままさに夢が実現しようとしている。実際この作品の企画を思いついたのは、『頭山』が完成した直後の2003年だった。実現までに6年ほど要したが、自分ではこの期間企画を熟成できたのは、とても良かったと思っている。

 今年がNFBの設立70周年になるそうだが、国家の機関という特別なプロダクション環境で、いつの時代にも良質な短編を制作し続けているNFBは、短編アニメーション界にとって驚異的な存在だ。

※ ※ ※ ※ ※

山村さんは、現在NFBと合作になる新作の制作に取り組んでいらっしゃいます。

山村浩二さんの略歴
アニメーション作家
1964年名古屋市生まれ。東京造形大学絵画科卒業。多彩な技法で短編アニメーションを制作。『頭山』がアニメーション映画祭の最高峰、アヌシー、ザグレブ、広島をはじめ6つのグランプリを受賞、第75回アカデミー(R)賞にノミネートされる。また『カフカ田舎医者』がオタワ、シュトゥットガルト、広島など7つのグランプリを受賞。国際的な受賞は60を越える。代表作は他に『カロとピヨブプト』『パクシ』『ジュビリー』『年をとった鰐』など。20カ国以上で回顧上映、世界各地で審査員、講演多数。ヤマムラアニメーション代表、Acme Filmworks契約監督、東京造形大学客員教授、国際アニメーションフィルム協会日本支部理事、日本アニメーション協会副会長、東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻教授。
YamamuraAnimation

テーマ:映像・アニメーション - ジャンル:学問・文化・芸術

[2009/09/05 17:48] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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